※2006年12月、『将棋ペン倶楽部』通信28号に掲載された拙稿を転載します
あったらイイな、こんな将棋グッズ
その② 一冊まるごと棋士本
一人の棋士の名手や名局はもとより、人となりや生い立ち、日常などを一冊に伝える個人本があったら。
一冊まるごと一棋士の本。書店の棚には棋士名の本が並び、ファンはそれぞれ、お目当ての棋士本を買い求めることができたら……。
こうした思いを強くしたきっかけから書き進めてみたい。
久夢流を知りたくても
この春、『近代将棋』の付録として、創刊当時の同誌が復刻された。
そのうちの第3号(1950年6月号)に掲載された間宮純一六段の自戦記「久夢流の公開」に、強く心を惹かれたのである。
『五六歩、これは自慢の手です。というより久夢流の絶対の第一着手』
の初手に始まり、
『私の玉が六七に行った時は勝ったと思った。ここが久夢流本然の玉の位置だからです』
以下の快勝譜。
入玉が得意でユニークな棋風とは聞いていたが、想像に違わぬ指し回しであった。
中でも、
『美濃囲いとかヤグラ囲いを堅陣だと思う人は錯覚で、敵陣ほど、堅固な要塞はない事を知るべきでしょう』
『私にいわせると美濃囲いやヤグラは金銀三枚が玉側にくっついて遊び駒になっていると思うんです』
のくだりには思わず膝を打った。私も普段そんな将棋を好んで指しているのである。
久夢流をもっと並べたい、この人のことをもっと知りたい(半生にも大いに興味あり)と思っても、どうして良いものやら。インターネット検索も試したが、ままならなかった。
今の時代に、似たようなことが起きてしまっては、当の棋士たちも無念だろうし、将棋界全体としても大きな損失であろう。棋士の棋譜と生涯は、一対で棋界の財産だと思うから。
『米長邦雄の本』
2003年12月、米長邦雄永世棋聖が現役を退き、翌年4月に『米長邦雄の本』が刊行された。子供の頃からのファンである私は、もちろんノータイムで購入。
おそらくは短い準備期間のうちに制作されたものと思うが、自戦記「生涯をかけた一局」をはじめ、好敵手や後輩、弟子らによる寄稿、名局集、記録集、写真集など、読者が知りたい内容が網羅的に盛り込まれていた。
後の将棋連盟会長は、一つの「定跡」をつくるべく、同様の出版についての雛形を示されたのだろう。
中原誠永世十段、加藤一二三九段、内藤國雄九段らの発売が、今から待ち遠しい。さらには、他の多くの棋士にも広がることを期待したい。
アイデアあれこれ
将棋連盟の方針として、監修の下に取り組まれることになれば、理想であることこの上ない。
原則は一冊に一人。スポーツや芸能など、他の分野の出版物が参考となるだろう。文庫化というのも一案だ。
ここまで書いたのは、引退棋士の「メモリアルブック」。多少のマニア向きは否めない。
となると、現役棋士の「ファンブック」も欲しいところ。こちらは、写真や漫画、イラストなどを充実させれば、女性や初級者などにも幅広く読まれるだろう。
◇
私が将棋を覚えたのは1973年(当時小学5年生)。
あの頃、相撲がそうであったように、将棋のトッププロにも多くの個性派がひしめいていたことを、子供心に覚えている。
マキ割り(佐藤大五郎九段)、妖刀(花村元司九段)、荒法師(灘蓮照九段)。今、彼らの将棋を懐かしもうとしても、本人の著作の他には、その時代を描いた棋書を探し出してくるよりない。
時代は変わっても、戦法の流行は変化しても、トッププロの魅力はいささかも変わらない。技術書に留まらない、棋士そのものに光を当てた棋書が数多く世に出ることを願って、本稿の結びとしたい。
ファンは、指した将棋だけでなく、人間的なことももっと知りたいのだ。
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