学生の頃から見ていた「クイズダービー」(TBS系列)。馬券の人気は、3枠・はらたいら、4枠・竹下景子に集まった。1枠には長く篠沢秀夫(大学教授)が座った。浮世離れして正答率は高くなかったが、たまに穴を開けていました。

篠沢教授は、答えを知っている問題が出ることを「不愉快」と言った。知らない問いをあれこれ謎解きすることが(それがとんでもない誤答であっても)「愉快」なのでしょう。学者らしいというべきか。

将棋にも相通ずるところがありませんか。AIが進化し、定跡が整備されても、結局は未知の局面に遭遇する。下手は下手なりに、ない知恵を振り絞って、ああでもないこうでもないと考えることを楽しんでいるのです。

新旧の王者が、会見でよく似た回答をしていたという*記事を読みました。

藤井聡太竜王(竜王獲得後、「将棋とは」という質問に)
「将棋は奥が深くて、どれだけ考えてもわからないものではあるんですが、本当に指すごとに新しい発見を与えてくれるものなのかなと思います」

羽生九段(永世七冠を達成後、今後の目標について聞かれ)
「もちろん記録を目指していくというのもありますが、将棋そのものを本質的にどこまで分かっているのかと言われたら、まだまだよく何もわかっていないというのが実情です」

トッププロをもってしても「分からない」。我々アマは言わずもがなですね。分からないから面白い。だからもうこれからは本当に、指したい将棋を、指したい手を、指したいように指そうと思います。口だけではなく--。

*(参考記事)将棋を愛し強き者の共通点 藤井聡太竜王・羽生善治九段 2人の天才が竜王獲得の会見で一致した「将棋はわからない」という言葉 | ニュース | ABEMA TIMES

(コラム「ひよこのきもち」 目次はこちら